はじめに
「頼まれたら、引き受けなければ」「弱音を吐いてはいけない」「中途半端にやるくらいなら、最初からやらないほうがいい」——ふり返ると、自分がずっと従ってきた決まりのような言葉に、心当たりはないでしょうか。誰かに教わったわけでも、どこかに書いてあるわけでもないのに、暮らしのあちこちで効いている。この記事は、その「自分のルール」の話です(連載「AIと一緒にできる認知行動療法セルフケア」の第6回)。
病気の原因探しではなく、回復の途中で自分の考えを眺め直すための見方の一つとして読んでください。
場面ごとに浮かぶ考えには、出どころがあります
嫌な場面で瞬間的に頭をよぎる考えやイメージは、認知行動療法で「自動思考」と呼ばれます。ふだん「考え方のクセ」と言われるものの多くが、ここに入ります。その書き出し方は、コラム法の記事で詳しく紹介しています。実際に書き出してみると、あることに気づくかもしれません。浮かぶ考えは場面ごとに違うのに、向きがいつも同じなのです。
職場で急な仕事を頼まれたときも、気の進まない誘いを受けたときも、家族に用事を任されたときも、浮かぶのは「断れない」「引き受けるしかない」。場面はばらばらなのに、結論だけが揃っている。
この記事が下敷きにしている認知行動療法の教科書(ジュディス・S・ベック『認知行動療法実践ガイド 第2版』)は、こうした揃い方の背景に、場面をまたいで働く層を想定し、それを「媒介信念」と呼んでいます。いちばん奥には、自分や他人や世界をどう見るかという土台の層がある(ここは次の記事で扱います)。いちばん表には、場面ごとに浮かんでは消える自動思考がある。この記事が扱うのは、そのあいだに挟まって、目の前の状況の受け止め方を決めている「自分のルール」の層です。
この層の考えは、おおまかに三つの形——何を望ましい・恐ろしいと感じるかという「構え」、自分に課している「ルール」(〜すべき・〜してはいけない)、「もし〜したら、こうなる」という「思い込み」——をとりますが、区分より大事なのは、特定の場面に貼りついていないことです。「会議では」「家では」という限定がなく、どこにでもついてくる。だから、ばらばらの場面で同じ向きの考えが浮かびやすいのです。
もう一つの特徴は、本人にとってルールに見えにくいことです。「頼まれたら引き受けるものだ」は、自分に課している決まりごととして意識されないまま働いていることが少なくありません。言葉にして目の前に置き、眺めたことがないまま、効き続けているのです。取り上げる値打ちがあるのは、いつも効いていると感じるもの、いまの困りごとにつながっているもののほうです。たまにしか顔を出さないものは、いま扱わなくて構いません。
生まれつきの性格とはかぎりません
こうしたルールは、生まれつきの性格のように感じられます。けれども教科書は、少なくともその一部を、これまでの経験のなかで覚えてきたものとして扱います。覚えてきたものなら、時間はかかっても、別の見方を学び直す余地がある——ここが、この枠組みのいちばん希望のある部分です。
ルールの強さも、いつも同じではありません。落ち込みが続いている時期には、ふだんは聞き流せている「〜すべき」が、いつもより大きく響くことがあります。ルールの声が大きく聞こえるのは、いまの調子のせいでもあるのです。人によって、また時期によって考えの浮かび方が違う理由は一つではなく、このルールの層は、そのうちの自分で眺められる部分だと考えてください。
ルールには、支えてきた面があります
「頼まれたことは引き受けるべきだ」に長く従ってきた人は、おそらく周囲から頼りにされてきたはずです。「弱音を吐くべきではない」が、責任を果たす力になってきた人もいます。高い基準を自分に課すことが、仕事の質を支えてきた面もあるでしょう。ルールは、あなたを困らせるために居座っているのではありません。長く手放されずにきた背景には、役に立ってきた面もあったのかもしれません。
困りごとになるのは、ルールに沿ったやり方しか選べなくなっているときです。疲れきっていても、手一杯でも、「断る」が最初から選択肢にない。休むことが必要な時期なのに、「きちんとやらなければ」という決まりごとがそのまま働いて、休めない。役に立つ場面ではそのやり方を使い、合わない場面では別のやり方も選べる——その切り替えがきかなくなったとき、支えだったものが負担に変わります。
だから、このルールとの付き合い方は「間違いだと認めて捨てる」ではありません。教科書では、支えてきた面と、いま払っている代償を並べて比べることが、役に立つ場合が多いとされています。
「もし、そうしなかったら?」と続けてみる
眺めるための工夫を、教科書から一つ紹介します。「〜すべき」「〜してはいけない」という命令の形を、「もし〜したら、こうなる」という予測の形に置き換えると、行き過ぎているところが見えやすくなることが多いのです。そこで、後ろに問いを一つ足します。「もし、そうしなかったら、どうなると思っているのだろう?」
「頼まれたことは引き受けるべきだ。……もし断ったら?」——「嫌われる」「役に立たない人だと思われる」。出てきた答えが、その決まりごとが避けようとしていた結末です。命令に見えていたものが、ここで予測の形に変わります。予測なら、命令と違って、実際のところどうなのかを眺める余地が生まれます。
出てきた予測を検討し、ルールを緩めていく作業は、認知行動療法の面接で治療者と一緒に進めるもので、この記事では扱いません。今日は、自分のルールを言葉にして目の前に置き、そのうちの一つにだけ「もし、そうしなかったら?」を続けてみるところまでを、AIと一緒にやってみます。
AIと一緒に、自分のルールを一覧にする
使い方と約束事は第1回と同じです(初めての方は先に一度ご覧ください)。下のプロンプトを貼り付けて送信したら、最近の暮らしのなかで気が重かった場面、無理をしたと感じた場面を、二つほど話してください。まとまっていなくて構いません。
今から、最近の暮らしのなかで気が重かった場面や、無理をしたと感じた場面を、二つほど話します。とりとめがなくても、そのまま聞いてください。話し終わったら、場面ごとに一度ずつ「そのとき、自分に何をしなければならない、あるいは何をしてはいけないと感じていましたか」と私に聞いてください。私の答えに出てきた「〜すべき」「〜しなければ」「〜してはいけない」という形の、私が自分に課しているらしい決まりごとを、私が実際に使った言葉のまま仮の一覧にして見せて、「この一覧で合っていますか」と一度だけ確認してください。私が直しを入れたら、それを反映して一覧を確定してください。そのなかから気になる項目を一つ選んでもらい、選んだ一つについてだけ「もし、そうしなかったら、どうなると思いますか」と聞いてください。最後に、決まりごとの一覧に、その一つだけ私の答えた予測を添えて、私の言葉のまま見せて終えてください。 守ってほしいこと: 一覧は私が実際に使った言葉のままにして、話していない言葉を推測で足さないでください。決まりごとや予測の良し悪しの判定、助言、「あなたは〜という信念を持っています」といった名前づけ、生い立ちや原因の推測はしないでください。予測の答えから、さらに「それはどういう意味ですか」と掘り下げないでください。質問は1回に1つ、全部で5つまでにして、10分ほどで終えてください。私はいつでも途中でやめて構いません。私がやめたいと言ったら、その時点で作業を終えてください。氏名・住所・勤務先や学校の名前などが出たら「上司A」「会社X」のように置き換えてください。消えてしまいたい気持ちや、自分や誰かを傷つけたくなるような深刻な内容が出てきたときは、深掘りせず、主治医に相談するよう私に勧めて、この作業を終えてください。
やりとりのイメージは、こんな形です。まず、あなたが話します。「先週、金曜の夕方に急ぎの仕事を頼まれて、予定があったのに引き受けてしまって……あと、熱っぽかった日も、家族に頼まれた買い物を断れなくて」——この程度のまとまりで構いません。AIが場面ごとに聞いてきます。「仕事を頼まれたとき、何をしなければならないと感じていましたか?」「……頼まれたら、断っちゃだめだなって」。買い物の場面には「体調が悪くても、自分の都合で人に迷惑をかけちゃいけない、って感じでした」。この答えだけから、AIが仮の一覧を返します。
- 「頼まれたら、断っちゃだめ」
- 「自分の都合で人に迷惑をかけちゃいけない」
「この一覧で合っていますか」と確認が来るので、違う項目があれば直しを入れる。そのうえで一つめを選ぶと、AIが聞いてきます。「もし、断ったら、どうなると思いますか?」「……頼りにならない人だと思われて、次から声がかからなくなる気がします」。最後に残るのは、こんな一覧です。
- 「頼まれたら、断っちゃだめ」——断ったら、頼りにならない人だと思われる気がする
- 「自分の都合で人に迷惑をかけちゃいけない」
大事なのは、一覧があなたの言葉のままであることです。AIが気を利かせて立派な用語に置き換えた一覧は、眺めても手応えがありません。実感と違う項目があれば「それは言っていない」と消してもらい、足りなければ話し足してください。
ルールと、それが前提にしている予測が一つ並んだら、今日はそこまでで十分です。予測が当たっているかを確かめようとしたり、書き換えようとしたりしなくて構いません。数日おいてもう一度眺めると、「これはたしかに、いつも効いている」というものと、「これはそうでもない」というものの濃淡が見えてきます。その濃淡も、次の診察で伝える材料になります。
当院での実際
当院には心理士がおらず、認知行動療法などの専門的な心理療法プログラムは提供していません。専門のプログラムを希望される場合は、実施している医療機関をご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。当院の診療対象は18歳以上の方です。
この記事のプロンプトで作った一覧は、次の診察でスマホの画面のまま見せていただいて構いません。「このルールがいつも効いている気がする」という一言からで十分です。どうするかを決めかねている段階のままでも、そのままご相談ください。
消えてしまいたい気持ちが続いているときの行き先は、AIではありません。緊急なら救急(119番)、それ以外は主治医・当院にご連絡ください。
暴力や、相手からの強い支配のある関係のなかにいるときは、この記事の見方は当てはめず、身の安全を先にしてください。そうした関係のなかで身についた「逆らってはいけない」は、自分のルールというより、身を守るための対処です(安全が脅かされているとき)。そこで出てきた症状についてのご相談は、当院で承っています。
まとめ
場面ごとに浮かぶ考えの一段手前には、場面をまたいで効いている「自分のルール」の層があります。支えてきた面もあったかもしれないルールを、間違いとして捨てる必要はありません。まずは自分の言葉のまま一覧にして目の前に置き、一つだけ「もし、そうしなかったら?」と続けてみる。今日はそこまでで十分な一歩です。
ルールのさらに根っこにある層は、次回の「自分はダメだ」が消えないのはなぜかで扱います。連載の全体像は第1回にあります。
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参考にした資料(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- ジュディス・S・ベック『認知行動療法実践ガイド:基礎から応用まで 第2版』(伊藤絵美・神村栄一・藤澤大介訳、星和書店、2015年)第3章・第13章