はじめに
講義そのものは、座って聞いていれば分かる。試験の点も取れている。それなのに、学期のはじめに時間割を組むところで何日も止まってしまう。ゼミに入ってから、行くのが重くなった。休講の知らせが届いた日は、その後の予定が丸ごと崩れて、その日はもう何もできない――。
大学のどの場面がなぜ負担になりやすいのか。周りの側がどう構えると負担が減るとされているのか。そして、話が通じることがなぜ「困っていない」の証拠にならないのか。相談するときに何を伝えると届きやすいのか。この記事ではそこを順に見ていきます。学内の窓口や休学の制度は大学生のメンタル不調と休学にまとめてあります。制度のことをお探しの方は、先にそちらへどうぞ。
下敷きにしたのは、大人の精神科診療と子どもの発達の診療、それぞれに長く携わってきた二人の精神科医による対談の本です(書誌は末尾にあります)。大学生活の話題で対談に挙がっているのは主にASD(自閉スペクトラム症)のある学生ですが、ここで取り上げる負担――形があらかじめ決まっていないこと、一度にいくつもの作業がまとめて求められること、先の見通しが動くこと――は大学の外にもあります。休学しておられる方、途中でやめた方、進学されなかった方、卒業して何年も経ってから思い当たった方にも、そのまま読める話です。
大学で止まりやすい場面
対談で最初に挙がるのは、学期のはじめに科目を選んで登録していく作業です。ASDのある学生では、ここでつまずく人がとても多いと語られています。
近ごろの授業には、聞くだけでなく話し合いが入るようになりました。ASDのある学生には、話し合いを取り入れた授業は合いにくいのではないか、という見方が対談では示されていて、座って講義を聞く形のほうがずっと過ごしやすい人が多い、とも述べられています。理由として考えられるのは、次のようなことです。話し合いの場では、内容を追いながら、いつ口を挟んでよいのか、話がどこへ移ったのか、この班で自分は何をする係なのか、という誰も口に出して決めていないことまで、その場で読み取ることになります。決まっていないのに、決まっていることになっている。黙っていると、興味がないと受け取られることもあります。ここで比べられているのは授業の形であって、講義の中身が分かるかどうかは別の話です。
教室のざわつきが負担になることもあります。騒がしさをひどくつらく感じる学生もいる、という話が対談に出てきます。音が気になって内容が入ってこない授業が続けば、その授業に向かう足が重くなるのも無理はありません。音のつらさそのものは音や光がつらいとき(感覚過敏)で扱っています。
そして、ゼミです。学年をまたいだ、たとえば十人前後の小さな集まりで、卒業まで同じ顔ぶれが続くことがあります。その場で研究の計画を立て、材料を集め、論文にまとめるところまでを任されます。止まりやすいところには、たとえば次のようなものがあります。正解が無いうえに、決めないと先へ進めない研究テーマ。多すぎても少なすぎても駄目だと言われるのに、どこが「ちょうど」なのかは示されない、材料の範囲。固まっていないものを、固まっていないまま話す、途中経過の発表。こうした難所は卒業までの道のりの途中に散らばっているので、行き詰まりが表に出るころには、引き返しにくい時期になっていることもあると考えられます。
高校までなら誰かが気づいてくれていたことが、大学では気づかれないまま進むことがあります。決まった教室も毎日会う顔ぶれもなく、欠席に気づく人がいるとすれば、その科目の担当者くらいで、その人はほかの科目での様子を知りません。困っている様子が誰の目にも留まらないまま、学期が終わってしまうことがあります。
なぜ、その場面が負担になるのか
上の場面はばらばらに見えますが、負担のもとは重なっています。
一つめ。形があらかじめ決まっていません
高校までは、時間割も一日の枠も外から決まっていました。大学では、どれを選ぶか、いつやるか、どこまでやれば足りるかを自分で決めます。時間割には一つの正解がありません。自由である一方、決めるための手がかりが渡されていないこともあります。
二つめ。一度にいくつもの作業が、まとめて求められます
「時間割を組む」には、卒業に必要な科目を調べ、曜日と時限の重なりを避け、負える量を見積もり、締め切りに間に合わせる作業が入っています。しかも順番どおりではなく、一つ決めると前の選択が崩れ、また戻ります。どれか一つで詰まると、全体が止まります。 外から見えるのは「登録していない」という結果だけです。段取りそのものの難しさは優先順位・段取りがつけられないが正面から扱っています。
三つめ。先の見通しが動きます
決まっていた授業や課題の段取りが、当日になって変わる。予定が一つ動くと、前後の移動、昼食、図書館、帰りの電車まで組み直しになります。どこから直せばよいか決まらないまま、一日が終わることもあります。予定が動くこと自体の負担はいつもの手順や予定が変わるときのつらさで扱っています。
ゼミが重くなりやすいのは、三つが同時に来るからです
研究テーマは決まっておらず、決めるための作業はいくつもあり、日程や進み方も動きます。そのうえ、同じ顔ぶれとの関係が卒業まで続くこともあります。講義が分かるのにここで止まることを、「議論が苦手」「甘え」の一言では捉えられません。
履修の時期には、この三つが学期のはじめに重なります。数日のうちに履修を組み、締め切りに間に合わせ、初めての教室や人間関係に入り、教材をそろえます。どれも一度きりで、慣れる前に期限が来ます。授業が始まる前に力を使い切り、消耗した状態から学期が始まることがあります。
周りの側は、どう構えると負担が減るのか
対談では、大学によって手の貸し方はまちまちだとしたうえで、履修の組み立てを周りが手伝う例が挙がっています。イギリスの大学には、2〜3学年上の先輩が後輩に科目の選び方を教える仕組みを置くところが多いそうです。本のなかの補足には、目当ての教室にたどりつくところから手助けが要る場合もある、という記載もあります。
もう一つ紹介されているのが、イギリスの研究者ニコラ・マーチンが示したREAL(リアル)という枠組みです。20の大学で291人に聞き取りをした調査から出てきたもので、周りの人がどう接すると通じやすいかを、四つの柱にまとめています。日本語に開くと、次のようになります。
- 決めた予定や約束を、むやみに動かさない。
- 特性を分かったうえで、その人の困りごとに耳を傾ける。
- 先の見通しが立つようにして、思いがけないことを起こさない。
- 感情をぶつけるのではなく、筋道で伝える。
ASDのある人のなかには、筋道立てた説明を求める人がかなりいる、という話も対談に出ています。課題を出さなかった分だけ評価が下がることと、そこで怒りをぶつけられることは別です。「この課題は評価に入りません。次の回は金曜までです」なら、次にすることが分かります。強い調子で責められるだけでは、次の一手が分かりません。
この四つは、裏返すと、ご自身が何に参っているのかを言い表す手がかりになります。約束が動いたのか、見通しが立たないのか、事情が伝わっていないのか、強い言い方をされたのか。そこまで見当がつくと、診察でも学内の窓口でも、話が具体的になります。とくに四つめに当たる場面では、評価が下がったことと、強い調子を向けられたつらさとを、分けて考えてかまいません。
やりとりが通じることは、困っていないことの証拠にはなりません
会話がふつうに成り立つと、身の回りの手続きも一人でこなせるはずだと受け取られやすいものです。対談には、そういう指摘も出てきます。話が通じることと、手続きを一人で進められることは、別のものです。
これを大学に置き直すと、「入学できた」「授業には出られている」「話していて困った様子がない」が、そのまま「支えは要らない」の証拠として受け取られやすくなります。窓口で説明にうなずき、必要な用紙を受け取って帰る。ここまでは問題なく見えます。けれども、家で用紙を開くと、どこから書けばよいのかが分からない。分からないと伝えるには、もう一度あの窓口へ行かなければならず、さっき困った様子を見せなかったぶん、言いに行きにくくなっています。受け答えができたことが、次の一歩を塞ぐ形になります。
そして、これはご自身にも向きます。「授業には出られているのだから、これくらいで相談するのは大げさだ」――その見積もりの材料に、通じているという事実が使われてしまうことがあります。けれども、通じているかどうかは、困っている量とは別のものです。
相談するときに、伝えておくと届きやすいこと
準備をしてから来ていただく必要はありません。お話しいただくときは、「〜が苦手」とまとめるよりも、どこまで進み、どこで止まったかを伝えるほうが話が具体的になります。たとえば、こんな言い方です。
- 候補は並べたが、どれを選ぶか決められないまま日が過ぎた
- 複数の人が話すと、口を挟む切れ目が分からないまま終わる
- 休講の知らせを見たあと、予定を組み直せず動けなくなった
- 教室には入れるが、ざわつくと内容が入ってこない
- 何を調べるか決まらず、資料を開いたまま日が過ぎた
「候補は並べたが選べない」と分かれば、どこに手を借りればよいかの見当がつきやすくなります。思い出した順で構いませんし、当時のことをうまく思い出せないままでも構いません。受診したときに何を尋ねられるかは子どものころのことを尋ねられる理由にまとめてあります。
受診と相談の目安
次のようなことが続いているときは、様子を見る期間を区切らずに、ご相談をお考えください。
- 眠れない、食事や体重が変わった、気分が晴れない状態が続く
- 学期のはじめの手続きが進まず、締め切りが過ぎていく
- 出席できない授業が増え、人の集まる場のあとに強く消耗する
- いらだちが強くなり、些細なことで声を荒げてしまう
- 高校までは何とかなっていたのに、大学から同じ形で行き詰まり続ける
- 相談してよいか決められないまま、時間だけが過ぎている
上に当てはまらなくても、決めかねている段階のままでもご相談いただけます。暴力や強い支配のある関係で体調が変化しているときも、ご自身の受診としてご相談いただけます。自分や他の人を傷つけそうな考えがあるとき、食事も水分もほとんど取れないときは、通院中であれば待たずに主治医へ、命に関わる切迫した状況では救急(119)へ連絡してください。
当院での実際
当院は福岡県春日市の精神科・心療内科です。WEB予約(デジスマ)のうえ、初診前のWEB問診にお答えいただきます。初診は問診を含めて30分程度、通院を始めた場合は2週間に一度が基本で、再診は5分前後です。
成人(18歳以上)のASD・ADHDの評価と診断を、問診(診察での聞き取り)を中心に行っています。 心理検査(知能検査・心理テスト)は当院では行っていません。検査をご希望の場合、実施している医療機関はご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。うつや不安で受診された方についても、必要に応じて、背景に発達特性がないかという視点を持って診察しています。お子さんの発達についてのご相談は扱っていません。
WEB問診は、書きにくければ簡単な記載で差し支えありません。 「気になる感じがある」という程度でも構いません。
ご家族のみの相談はお受けしていません。ご家族が心配されている当のご本人が受診され、同席に同意されている場合には、ご家族に同席していただけます。そのご本人がどうしても受診できない状況の場合は、お住まいの地域の保健所、市区町村の精神保健相談、精神保健福祉センターなどの公的相談先、または受診を予定している医療機関への問い合わせをご案内しています。ご家族ご自身の不調を診てもらうために受診されることは、それとは別で、ご自身の受診としてご相談いただけます。
まとめ
大学のつまずきは、講義の中身についていけるかどうかとは別のところで起きることがあります。どこで止まっているのかは、言葉にできます。 形が決まっていないのか、一度にいくつも求められているのか、見通しが動いたのか。そこまで分かると、「ゼミをやめるかどうか」以外の手が出てきます。そして、受け答えができることは、困っていないことの証拠にはなりません。 「まだ相談するほどではない」と見積もる材料に、それを使わないでください。
この三つの負担は、大学を離れたあとにも、形を変えて現れることがあります。この先、勤めや親の支えがなくなったあとに出てくる形は、勤めや親の支えがなくなったあとの生きづらさで扱っています。
あわせて読める記事 ── 「発達障害」という言葉が指している幅/大人のASDとは/ADHDとASDの違い/勉強の計画が立てられない/勉強に集中できない/診断を受けたあとのこと
参考にした資料(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 宮岡等・内山登紀夫『大人の発達障害ってそういうことだったのか その後』(医学書院、2018年)第5章のうち、大学生活での困りごとと大学での支援をめぐる対談部分
よくある質問
講義にはついていけているのに、時間割を組むところやゼミで行き詰まります。これは甘えでしょうか。
甘えという枠で考える必要はありません。土台にした対談では、ASDのある学生について、履修の手続きでつまずく人がとても多いこと、話し合い中心の授業より座って聞く授業のほうが合う人が多いことが取り上げられています。比べられているのは授業の形と、そこでの過ごしやすさです。話し合いの場で動けるかどうかと、講義の中身が分かるかどうかは、分けて見ておいてよいものです。ご自身が何に当たるのかを、先に決めていただく必要はありません。授業に行けない状態が続いているときの学内の窓口や休学の制度については「大学生のメンタル不調と休学――授業に行けない・単位が取れないとき、使える支援と選択肢」にまとめてあります。
この記事に出てくる場面は、発達の特性がある人みんなに当てはまるのですか。
そうとは限りません。大学生活をめぐって対談に挙がっているのは、主にASD(自閉スペクトラム症)のある学生のことです(対談のなかでは「アスペルガー」という語も使われています)。「発達障害」という呼び方は範囲が広く、そのなかに性質の違うものが並んでいます。その点は、「発達障害」という言葉が指している幅を扱った記事にまとめてあります。同じように行き詰まって見えても理由が違うことがあり、ASDとADHDの違いや両方が重なる場合は「ADHDとASDは何が違うのか——見分けにくい理由と、併存する場合」にあります。どの名前に当たるのかが分からないままでも、診断の有無にかかわらず、ご相談いただけます。
履修の組み方や課題の進め方について、大学側に相談する窓口はあるのでしょうか。
多くの大学には、学生生活や修学のことを相談できる窓口が置かれています。ただし名称も、どこまでのことを扱うかも大学によって異なりますので、ご自身の大学の案内をご確認ください。どの窓口が何を受け持っているか、休学や診断書はどう進むのかは「大学生のメンタル不調と休学――授業に行けない・単位が取れないとき、使える支援と選択肢」にまとめてあります。そのうえで、いまどの場面で行き詰まっているか、その負担が体調にどう出ているかは、診察でそのままお話しいただけます。
もう大学に通っていません。中退しましたし、そもそも進学していない人には関係のない話ではないですか。
関係がない、ということはありません。この記事が挙げているのは、形があらかじめ決まっていないこと、一度にいくつもの作業がまとめて求められること、先の見通しが動くこと――この三つの負担で、これらは大学の外にもあります。いま在籍しているかどうかで、ご相談いただけるかどうかは変わりません。勤め先や家庭のなかで、似た形の行き詰まりが続いているというお話でも構いません。
教室のざわつきがつらくて、その授業に出られなくなりました。これは感覚の問題ということですか。
一つには決められません。対談には、騒がしさをひどくつらく感じる学生もいる、という話が出てきます。ただ、音のつらさがどこから来ているのかは人によって違い、疲れや不安が重なって音が気になりやすくなっていることもあります。音そのものの受け取り方については「感覚過敏とは?音・光・においがつらいとき——ASDでの現れ方と日常の工夫」で詳しく扱っており、そちらに具体的な工夫もあります。
こういうことで受診してよいのでしょうか。診断を受けたほうがよいということでしょうか。
受診していただいて構いません。診断を受けると決めてからでなくても、何を確かめたいのかが定まっていない段階のままでも、そのままお話しいただけます。当院では、成人(18歳以上)のASD・ADHDの評価と診断を、問診(診察での聞き取り)を中心に行っています。心理検査(知能検査・心理テスト)は当院では行っていません。
暴力や強い支配のある関係のなかにいます。この記事は当てはまりますか。
当てはめないでください。手が出ていない場合も同じです。大声で怒鳴られる、物に当たられる、黙り込まれてこちらが折れるまで待たれる、「あなたが悪い」と正しさを持ち出して責め立てられる、済んだことを何度も蒸し返される、特性や病気であることを持ち出して思うとおりに動かされる、暮らしていくお金を渡してもらえない、どこへ行くのかを逐一確かめられる、怖くて向き合えない――そういう形で、相手の思うとおりに動かすために力が使われている関係も含みます。相手が親御さんやきょうだいであっても、配偶者やパートナーの方であっても、同居しているどなたであっても同じです。とくに、「あなたはそういう特性だから」という言い方で、こちらの言い分を取り合ってもらえないというときは、それは大学のどの場面が重いかという話ではありません。そこで続いているつらさは、負担のかかる場面を見つけ直せば片づく種類のものではなく、身の安全を確保することが先になります。相談先を含めて「安全が脅かされているとき ── 関係改善の話が当てはまらない場面」にまとめてあります。そちらはパートナーからの暴力を軸に書かれていますが、身の安全を確保することが先になるという考え方は、相手がどなたであっても同じです。そのうえで、そうした関係のなかで出てきた症状についてのご相談は、当院で承っています。ご自身の受診としてお話しください。診察に、その相手の方をお連れいただく必要はありません。なお、保護命令や離婚の調停といった法的な手続きのご相談は、当院ではお受けしていません。